第54章

久世美月は、その瞬間、胸の奥がすうっと冷えていくのを感じた。久世湊の袖を握りしめていた指から、力が抜ける。

か細い少女の頬を、涙が切れた真珠みたいにぽろぽろと転げ落ちた。声は柔らかいのに、今にも折れそうで。

「哲哉……湊兄……玲央……美月は、わざとじゃ――」

言い切る前に、黒い影が襟元を乱暴に掴んだ。次の瞬間、蒲柳のように頼りない体が床へ叩きつけられる。

パァンッ、パァンッ。

乾いた音が二つ。大きな平手が、容赦なく頬を打った。

一ノ瀬玲奈は、この一撃をずっと我慢してきたのだ。

父に「気づかされた」あの瞬間から――久世美月をこうして殴りたくて堪らなかった。

玲奈の手加減はない。...

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